HI-KING a.k.a. TAKASE:
「ナラノラッパーの言葉」

    今日、日本でもヒップホップという文化が様々な形で広まっている。関西を中心に活動するラッパーも多く存在する中、奈良を代表し関西で活躍するラッパーがいる。その名は、HI-KING a.k.a. TAKASE

    数多くのフリースタイルバトルで輝きを見せ、ライブでは圧倒的なパフォーマンス。それだけに留まらず、映画「サイタマノラッパー」シリーズに出演するなど、活躍の場を広げている彼の魅力を、ラップとの出会いやリリックへの考えなどから「ナラノラッパーの言葉」と題して迫った。

2014年2月

取材・文/谷口凌兵 協力/岩見拓也

HI-KING a.k.a. TAKASE:奈良出身のラッパー。2002年活動スタート。 TAKASEの1micプロジェクト「HI-KING」ライブ、フリースタイルを通して、グルーヴィーなラップ&フロウが関西圏を中心に話題に。 2008年、大阪で行われた THE CARNIVAL 08'のFREESTYLE BATTLE / THE LIVE BATTLE でW優勝。 同年、1stアルバム「Rhyme Viking」リリース。 2012年にはproduce teamであるMARUHIPROJECTと「MARUHICODE:HI-KING aka TAKASE」をリリース。 同年、入江悠監督作品 SRシリーズ第3弾「SRサイタマノラッパー ロードサイドの逃亡者」にMC NO VOICE役として出演。 また、JAB × HI-KING aka TAKASE として「Act Like You Khow」をリリース。 今までに、多くのアーティストと楽曲を製作。ジャンルレスな感覚と喜怒哀楽、色々なシチュエーションにも対応する独自の音楽観は、様々な現場で表現される。

ラップとの出会い

――:まずヒップホップとの最初の出会いっていうのはいつ頃なんですかね?

タカセ(以下、タ):出会いか。高校の時かな。先輩がさ……

――:「ABC……」という曲で歌われている?

タ:そうそう! 最初はラッパーが何する人かも知らんくて。まず中3の頃まではずっとバスケしててさ、部活引退した後、なんか一個やりたいなと思って。みんなは受験勉強しててんけど、俺はそこで一年間必死でスケボーやってて(笑)。そんな感じで別に音楽には興味無かってんけど、ラップていうのがあるっていうのは一応知ってて、でもどこでどう聞いたらええかわからんかって、そしたら高校入ったら先輩で詳しい人がおって、「なんか録音してくださいよ」ってちょっと怒られるかなとか思いながら言うてさ。

タ:じゃあ「お前64分テープと70分テープを一本ずつ持ってこい」て言われたから、なんでこんな長いテープいるんやろとか思いながら持っていってさ。そしたら後日、先輩が「持ってきたで」言うて聞いてみたらUSのヒップホップのMixが入ってて。てっきりその人がラップしたのが入ってるんかと思ったら、その人はDJやったていう(笑)。

タ:それぐらいわからんかってんけど、なんとなくかっこいいなと思ってさ、でも何言うてるかわからんかって。だから近所のCD売ってるとことかの狭い日本語ラップコーナー見つけて端から気になるやつ聴いてたんよ。でもあんまりビっと来んなーていう感じやってんけど、その中でライムスターの「リスペクト」に出会って。それで完全にハマって、食らいすぎてもうヘッズになってもうて。

タ:その時地元で3人ぐらいで遊んでることが多くて、これはヤバいなって言うて、よー聴いてたんやけど。そんでアホやから家で「俺らがライムスターや!」とか言うて(笑)。部屋暗くして、なんとなくクラブっぽい照明みたいなん買ってきて。全然ちゃうねんけど(笑)。ターンテーブルも無いから普通のレコードプレイヤーで無理やりスクラッチしてみたりしてなりきってた(笑)。

タ:言葉が入ってくるのがわかりやすくて楽しいなって思って、そのうちに自分もやりたいって思うようになってイベントを大阪で探したりして、そこで韻踏合組合に出会ってまた食らわされた。それが第二次ヘッズ期みたいな(笑)。それが続いてる感じやな。

――:そのラップにハマりだした頃に他のジャンルの曲とかは聞かれたりされましたか?

タ:もうね、ぜんぜん聞かんかった。今はちょいちょい聞くけどね。あと餓鬼レンジャーもすごい好きで。その3組が俺の中で神!みたいな。まさか同じ舞台に立ったりとかは思ってなかった。

 

――:ではやっぱり日本語ラップに魅せられた部分が大きかった? USのラップより。

タ:そやな、雰囲気でかっこいいなとは思ったけど。俺の中では意味が入ってくる事がおもしろかったから。

――:そこからラップを続けていこうと決めたのはどういった理由で?

タ:もっと面白いものをつくりたいとか、自分の納得出来る結果がほしいからかな。でも最初の動機は自分の言葉で表現出来るんちゃうかっていう考えがあったからで、韻踏とかは関西弁でやったりしてて、それが当時の俺にはすごい衝撃で。なんか自分の言葉で出来るんやって思った。

――:他のジャンルよりも自分の言葉で出来る音楽だと思います。

タ:そやな。自分の言葉で出来るっていうのがいい。関西弁っていなたいと思うねんな。なんかちょっとダサいというか。でもだからこそより伝わりやすいと思ってて、「なんとかだぜー!」ってかっこいい感じやし、たまに言うけど「なんとかやでー!」ってなんかあんまりやん(笑)

――:いなたい(笑)

タ:そうそう。それがええなと思うねん。

――:そういった中で活動するにあたって関西という土壌はどういった影響がありますかね。東京が中心という考え方もあると思うんですが。

タ:そやな、単純に関西に住んでたからここで続けてるっていうのもあるけど。やっぱり音楽って商業的な出会いが多いのは都会やと思う。だから発信する方向は都会に向いてなあかんかもせんけど、でも内容の面ではさ、地元で生まれたからこそ表現出来ることがあると思うし。最初にラップを家の中で友達とやってた時の自分らの中での最高の空間っていうのがあって、それを自分で曲出してライブしたりしてたら、みんなでその感じを共有出来るんちゃうかなと思ってて。俺が楽しんでるとこ見てもらって楽しいと思ってもらえたらすごいええなと思ってる。だからそれは関西でやっててもええんかなっていう。

――:関西だと話に出てる韻踏さんとかSHINGO☆西成さんの存在の大きさとか、影響力があると思うんですが。

タ:そうやね、刺激はいつも頂いてますね。でも影響を受けるっていうよりは自分にしか出来へんキャラを考えさせられますね。結構ダサくてもありのままに見せていく方が俺の中ではかっこええし、興味持ってもらえるかなと思ってる。

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